さよなら スーちゃん
20年間がん闘病 親しい人以外は知らされず 2011.4.22 22:19
スーちゃん、早すぎるよ…。21日夜、乳がんのため55歳で亡くなった田中好子(たなか・よしこ、本名=小達好子)さん。1970年代に一世を風靡した人気アイドルグループ「キャンディーズ」のメンバーで、解散後は女優に転身、数々の名作に出演してきた。その陰で、長年がんと闘ってきたことを知る人は少なかった。(夕刊フジ)
田中さんが亡くなった東京都港区の国際医療福祉大学三田病院で同日午後10時半から会見した夫の実業家、小達一雄氏(56)によると、田中さんは21日午前7時ごろ容態が急変。声をかけたが応答がなかったという。結婚1年後の92年に乳がんが見つかり、その後も何度か再発。昨年秋に体調を崩して入院、一時退院したが今年2月に再入院していた。がんとの闘病は、ごく親しい人以外は知らされていなかった。
スーちゃん、20年間もがんばってきたんだ。
乳がんだったんだ…
人知れず、戦いながら、女優として、多くの作品を残してくれた。
ありがとう。
20年間、大変だったね。
でも、55歳、まだ、若すぎると思う。
再発の不安や治療の苦しみを微塵も感じさせなかったやわらかい微笑み。
スーちゃんは、女優だったんだ。
でも、私にとってのスーちゃんは、
やはり、キャンディーズのスーちゃんのまま。
NHKの歌謡番組のアシスタントをしていたころから、
かわいい女の子たちって、思ってた。
「美しい星」をかわいく歌っていた、あのころのまま。
悲しきためいき キャンディーズ
↑ ランちゃん中心の動画 アセアセ
私が中学生の時、キャンディーズ全盛期だったのかな?
当時(も、今も)ミーハー学生だった私は、
仲良しさん3人で、運動会の仮装大会(仮装をして民謡をみんなで踊る)で、
キャンディーズに扮装するという、大暴挙に出た。
色違いの3色の布を買い、適当に見つくろったパターンから、
これまた適当なお揃いのワンピースを夜なべして作って、
頭に羽飾り(もどき)をのせた。
踊りは、優しい悪魔風にして。(うけ狙いだった)
が、普段、超まじめな生徒会長が、
母親のワンピースを着て、母親の帽子をかぶって、
超まじめに仮装(女装?)をしたものだから、
私たちの暴挙は、影が薄い、ただの自己満足になってしまった。
( -_-)フッ
それでも、「私たちは、しあわせでしたぁ」
休日は、3人で集まって、ぐたぐたと遊んだな…
地方なので、テレビの「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」は、夕方に放映されていて、
一緒に見ては、この柔道のスポコンドラマ?のこの主題歌を
練習したものだった。
えぇ、私一人が、音痴で、うまくハモレなかったけどね。
仮装では、こけたけど、教壇の上で、しらけどりを歌ったら、うけた。
と、言うか、「アホー」と、言われた。
思いっきり、浮かんでいた(浮いてて、浮かれてた)、学生時代の思い出だ。
キャンディーズは、私たちから遠すぎる存在。(可愛い女の子ではなかったから)
でも、可愛いいのに、ギャグ(古!)も、こなせるところが、好きだった。
今でも、中学の時の友人のことを思うとき、キャンディーズを思い出す。
それぞれが、別の高校に進学しても、時々あってた。
そして、今現在は、当時からは想像もできないような人生をおのおの歩んでいる。
もう、何十年もあっていないのに、
いつでも、また3人で、逢えるようなそんな感じなんだよね。
別々の人生を送っていても、逢えれば、いつでも、あのころに戻れるような。
女の子同士で、つるんでいるのが楽しい時期だったから。
3人で、一緒に春休みに見たテレビ、
キャンディーズのさよならコンサートの様子。
スーちゃん、ありがとう。 ご冥福をお祈りいたします。
この記事へのコメント
不倫の末に乳児のいる前妻から旦那を略奪した女では?
ちっとも美談でなくて、お恥ずかしい内容の記事ですね。
私は年とっているので知っていますよ。いわゆる略奪婚ですよね。前妻さんも略奪婚だったし。そんなワイドショーネタをずいぶんと前に聞いてます。
ただ、スーちゃんには、楽しい思い出とがんを患いながらも多くの作品を残してくれて、ありがとうと言いたい、そして20年間もがんと戦ってきて、ご苦労様と言いたい、彼女のご冥福を祈りたい、ただ、それだけです。